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東京地方裁判所 平成6年(ワ)3393号 判決

原告

森路英雄

右訴訟代理人弁護士

野本俊輔

河野憲壯

被告

立花隆こと

橘隆志

右訴訟代理人弁護士

古賀正義

吉川精一

山川洋一郎

中川明

鈴木五十三

喜田村洋一

林陽子

小野晶子

二関辰郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 被告は、原告に対し、別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を朝日新聞・読売新聞・毎日新聞の各新聞朝刊全国版社会面に掲載せよ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(予備的請求)

1 被告は、原告に対し、金三〇〇万円を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

原告は、「ミック・ニュース」というファクシミリによる情報サービス業を主宰している者であり、被告は、著名な評論家である。

2(本件書籍)

(一)  被告は、平成五年八月、「日本の政治をダメにした巨悪たちと対決して二〇年。一歩も譲らず、巨悪を断罪し、糾弾しつづけた立花隆不屈の言論活動全記録」と銘打って「巨悪VS言論」と題する単行本(以下「本件書籍」という)を著作し、株式会社文藝春秋(以下「文藝春秋」という)より出版した。

(二)  本件書籍(四九四頁)には、原告に関して、「森路はかつて海部にも使われたことがあるブラック・ジャーナリスト」との記述(以下「本件記述」という)がある。

(三)  本件書籍は、第一刷二万部、第二刷一万部、第三刷五〇〇〇部の合計三万五〇〇〇部が発行され、そのほとんどが全国の書店を通じて販売された。

3(名誉毀損及び侮辱)

(一)  原告は、かつて世間において「ブラック・ジャーナリスト」という評価を受けていたことを否定するものではないが、その後そのような評価を返上するべく穀物問題等に取り組み、昭和五七年「米ソ穀物戦略」(サイマル出版)、昭和五八年「米ソ地球支配」(サイマル出版)、昭和六一年「ドキュメント・地下金脈」(MIC出版、ペンネーム尾形正樹)等の書籍を出版し、その他講演会に招かれ、テレビで世界の穀物問題について論じたりするなど相応のジャーナリストとしての地位を築くに至っている者である。

(二)  本件記述は、既に原告がまっとうなジャーナリストとしての地位を築いた平成五年八月に至って原告を「ブラック・ジャーナリスト」と決めつけ、その社会的評価を低下させたものであるから、被告は、故意又は過失によって原告の名誉及び信用を毀損した。

(三)  また、本件記述は、社会通念上許される限度を超える侮辱行為であるから、被告は、故意又は過失によって原告の名誉感情を害した。

4 よって、原告は、被告に対し、主位的に民法七二三条に基づき原告の名誉回復措置として別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告の掲載を求め、予備的に民法七〇九条、七一〇条に基づき原告の名誉信用等の毀損に伴う損害賠償請求(慰謝料)として金三〇〇万円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

ただし、原告の主張するような宣伝文句を記載したのは、文藝春秋である。

(二)  同(二)及び(三)の事実はいずれも認める。

3(一)  同3(一)の事実は知らない。

(二)  同(二)及び(三)の事実はいずれも否認する。

被告は、「政、財界の裏面情報に精通した人」という意味で「ブラック・ジャーナリスト」という語を用いたものであり、国語辞典でも「ブラックジャーナリズム」を定義して単に「政財界の内幕・裏面を扱う新聞雑誌」としているように、「ブラック・ジャーナリスト」という語は必ずしも否定的評価を必然的に伴うものではなく、そのような「新聞雑誌」の主宰者としての原告を「ブラック・ジャーナリスト」と表現したものにすぎない。

また、そもそも本件記述が名誉毀損を構成するか否かは、「ブラック・ジャーナリスト」の如く多義的な意味を有する単語が用いられている場合には、その単語自体からではなく、記述の文脈を考慮して決せられるべきものである。本件記述の文脈を考慮すれば、被告が原告に対して憎悪、揶揄、軽蔑等の感情を抱いてはいなかったこと、また、読者一般も原告に対してこのような感情を喚起されることがないことは明らかである。

さらに、本件記述は本文中にあり、見出部分ではなく、また、本件記述だけ活字が変わっているとか大きくなっているとか、他よりも目立つような事情もない。

よって、本件記述は原告の社会的評価を低下させるものではなく、また社会通念上許される限度を超える侮辱行為ではないものというべきである。

三  抗弁

1  本件記述は、政、財界の情報に関するものであるから、公共的問題についてのものである上、政治倫理を問うという公益を図る目的で行われたものであって、かつ、当該記述は、以下のとおり真実に合致するから、違法性はないものというべきである。

すなわち、

(一) 「森路はかつて海部にも使われたことがある」との記述については、次の事実から明らかである。

(1) 原告が、昭和四七年から昭和五〇年にかけて、当時日商岩井株式会社の副社長の地位にあった海部八郎から毎月五〇万円ないし二〇〇万円、時にはより多額の報酬を受けて、海部の提供する海部に有利な記事を、原告が当時発行していた情報誌「現代新聞」ないし「日本報道新聞」に掲載していたことは、週刊文春(一九七九年三月一五日号二四頁)紙上において、原告が自ら認めている。

(2) 海部が株式会社白洋社の株式買占めを行ったころ、原告が前記情報紙において、記事の形で海部の活動に協力したことは、サンデー毎日(一九七九年三月二五日号二四頁)紙上において、原告が自ら認めている。

(3) 海部が持ち込んださまざまな会社のスキャンダルのうちの幾つかや、日商岩井内部の反海部派の重役の女性関係スキャンダルを、海部に頼まれて前記情報紙の記事にしたことは、週刊文春(一九七九年三月一五日号二四頁)紙上において、原告が自ら認めている。

(二) 「ブラック・ジャーナリスト」との記述については、次の事情から明らかである。

(1) 原告が、特定個人(海部八郎)の利益を図るため、自己の発行する情報紙に記事を掲載したり、第三者の弱みを暴露して脅したりすることにより右個人から報酬を受け取ったりしている。

(2) 従来から、週刊誌その他において原告が紹介され、あるいは論評されるときは、ブラック・ジャーナリストという語がつきものであったし、数名の評論家と行った対談の席でブラック・ジャーナリストと呼ばれても、原告自身これに反論せず、あるいは黙認し、あるいは笑って済ませてきたものであり、原告は一時期、ブラック・ジャーナリストの帝王とさえ評されたことがある。

(3) 原告が現にファクシミリによる情報サービス媒体である「ミック・ニュース」を主宰し発行していること自体、原告が現在もなお否定的な意味でのブラック・ジャーナリストであることを基礎付けている。すなわち、「ミック・ニュース」は否定的な意味でのブラックジャーナリズムの有する基本的特徴たる、① 扱う内容が政・財・官界等の内幕の暴露を中心とすること、② 記事の書き方が、感嘆符・疑問符・引用符等の多用と俗悪な文体とによりセンセーショナルであること、③ 取材源が著しく曖昧であること、④ 特定少数のクライアントを相手とし、その結果、高額な対価を受けていること等を具備しており、しかも、「ミック・ニュース」の下段には「【注】当NEWSは特別契約者にのみ送信されています。記事内容の外部流出によるトラブルの責任は全て受信契約者にあります。ご注意ください。」との記載があって、当該記載は、原告自身が「ミック・ニュース」を否定的な意味でのブラックな新聞であることを自認している。

2  被告は、既に、文藝春秋と協議の上で、本件記述を、「森路はかつて海部八郎とつきあいが深かった情報誌編集者で」と改め、未変更の書籍については、文藝春秋に出庫停止の措置をとらせている。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、原告が、過去において(昭和五四年ころ)、世間で、ブラック・ジャーナリストという評価を受けていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

原告は、右の評価を返上すべく活動してきたものであり、今は、いわば「まっとうなジャーナリスト」になったものである。

2  同2の事実のうち、本件書籍の本件記述が、第四刷から、「森路はかつて海部八郎とつきあいが深かった情報誌編集者で」と改訂されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1、2(一)ないし(三)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  請求原因3(二)について

1  成立に争いのない甲第一号証によれば、被告は、本件書籍の四九四頁における本文中において、特に見出文等を設けることなく、本件記述を左記文脈の中でなしたことが認められる。

この前後の時期、『週刊文春』で、『日本報道新聞』の森路英雄と、「海部八郎逮捕 このあとにくる大ドラマ」(四月十二日号)、「最重要人物は佐藤栄作だ!」(四月十九日号)の二つの対談を行った。森路はかつて海部にも使われたことがあるブラック・ジャーナリストで、この事件関連のウラ情報にくわしかった。全日空のエアバス問題のときは、ロッキード社の巨額リベートが政治家に渡ったことをスッパ抜いた新聞を運輸省前で配ったこともある。海部の国会喚問にあたって、海部の筆跡を野党議員に提供し、海部メモの署名と照合させたのも森路なのである。

2  ところで、一般に、著作物による名誉、信用毀損の成否を判断するにあたっては、記述の断片的な文言だけからではなく、当該記述の配置や本文全体の中での構成、前後の文脈、見出文の有無、活字の大きさ、配字、表現方法・内容、媒体たる著作物の種類、該著作物の趣旨・目的、当該記述から客観的に読み取れる筆者の意図等諸般の事情を総合的に斟酌し、一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈した意味内容や当該記述から受ける印象・影響等に従ってこれを判断するのが相当である。もとより、媒体としての単行本は、新聞・雑誌等と異なって速報性がなく(締切りがなく)、刊行物についてある程度の永続性が認められる上、読者層も、単なる一般人とは異なって、部分的・断片的な情報の収集・取得にとどまらず、幅広く体系的な知識の確保・習得の意味をも購読の目的に込めている以上、その記載内容についてはこれを減殺しないで読むのが通常であるから、筆者としてはより慎重に対処すべきであり、表現内容においてもより厳格なものを要求されることはいうまでもない。

前記甲第一号証によると、本件記述の「ブラック・ジャーナリスト」なる表現は、原告と被告の対談についての説明の部分において原告を紹介するにあたり被告が用いた用語である。新聞社や雑誌社、通信社のような組織に属しないフリー・ランサーのジャーナリストにとって、他からブラック・ジャーナリストと呼ばれることを名誉と思うことはないであろう。その意味で、「ブラック・ジャーナリスト」という言葉は、そう呼ぶ相手に対する否定的な価値評価を内包しているというべきである。しかし、例えば「情報屋」というような言葉と違って、「ブラック・ジャーナリスト」という言葉は、その対象がジャーナリストであることを前提としている。一般の人が「ジャーナリスト」という言葉から連想するのは、新聞記者、通信記者等文筆活動によって社会に真実を報道し、社会正義を実現することを使命とする人々ではなかろうか。このようにプラスイメージのある「ジャーナリスト」という言葉にマイナスイメージのある「ブラック」という修飾語が付いた場合に、一般の人がこの言葉からその対象とされるのがどのような人々であると考えるかは、「ジャーナリスト」という言葉のようには一義的に明らかではない。「ジャーナリスト」の側面を強く感じれば、通常の「ジャーナリスト」より政界や財界、産業界等の裏情報に通じ、取材源にもきわどいものを持っているが、それだけ正確な情報を握り、これを不正規な発表媒体や、時には正規の新聞、雑誌等の媒体を通じて発表するような人々を指すものと解されることがあろう。一方において「ブラック」の側面を強く感じれば、非合法な手段も辞さないで政界や財界、産業界の裏情報を握り、これを特定の方面に高く売りつけるなど恐喝まがいのことをして生計の資を得ている人々を指すものと解されることもあろう。原告が、被告から後者の意味におけるブラック・ジャーナリストであると指摘されたのであれば、それは原告にとって大きな打撃であるといえよう。もっとも、前者の意味におけるブラック・ジャーナリストと指摘されたのであれば、原告は、現在そのような意味におけるジャーナリスト活動に近いことを行っているのであるから(前記争いのない事実のほか、成立に争いのない甲第一一号証から第一四号証まで、乙第五号証から第七号証まで)、ジャーナリストとしての一般的な名誉感情をある程度傷つけられることはあるとしても、社会的名誉の毀損の程度はそれほど高いものとはいえないであろう。

この点を本件記述についてみると、本件記述は、前記のとおり、昭和五四年に行われた原告と被告の対談を再掲したものの説明として被告の対談した人物を紹介するために記載されているものであり、その文脈を見ると、原告が、ロッキード事件関連の裏情報に詳しかったとか、情報をすっぱ抜いた新聞を運輸省前で配ったことがあるとか、野党議員に海部八郎の筆跡を提供してメモの署名と照合させたとかいうような活動をしたことがあることは紹介されているが、原告が非合法な活動も辞さないような人物であるとか、裏情報によって金銭を得ている人物であるとかいうようなことを窺わせる事柄は全く述べられていない。このような紹介と対談の内容を参照すると、原告は、むしろ、さきの二種類のブラック・ジャーナリストのうち前者に近い方に属する者として紹介されていると一般読者には読まれるものと考えられるのである。

次に、本件記述は被告がこれを原告を誹謗中傷、軽蔑、揶揄等する目的で意図的に使用したものではないことは、右部分をことさらに取り上げて強調したり、訴えかけたりするような表現(見出文として使用されていたり、本件記述だけ活字が変わっているとか大きくなっているとかいった他よりも目立つような事情)のないことや、全体として観察すれば前記文脈の中での右用語の意味内容が、「原告は政治ないしは政治家に関する世間に表沙汰になってはいないような情報に精通した人物である」というものであると窺われること等からすれば明らかである。しかも、本件書籍のような著作物の読者層であれば、本件記述から、原告が軽蔑ないし揶揄されたとの印象を受けることは通常ないものと考えられ、筆者のいわんとするところを優に理解することができるものとみられるのである。

そして、何より、本件記述は、昭和五四年当時に行われた原告と被告との対談について原告を紹介するものとしてされたものである。その当時原告がブラック・ジャーナリストと呼ばれても止むを得ない活動をしていたことは原告の自認するところである。原告は、出版社を通じて、平成五年七月二一日被告から当時の被告との対談を著書に掲載することの許可を求められ、これを許可している(弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一五号証の1から3まで)。その許可をした原告は、被告の著書において、自己の当時の対談内容が再び明らかになることは覚悟したはずであり、その対談内容は、当時原告が、ブラック・ジャーナリストと評される類の活動をもしていたことが窺われるようなものである。したがって、原告は、当時自分がそのような活動をしていたことが現時点において社会一般に明らかになることは受忍したものであろう。本件記述は、原告が、「かつて」海部にも使われたことがあるブラック・ジャーナリストであると述べ、その活動もすべて過去形をもって記述されているのであって、現在被告がどのような活動をしているかについては、一言も触れていない。昭和五四年から現在まで十数年を経ている。本件記述はそのような長年月を経ている現在において、原告がなおブラック・ジャーナリストであり続けていると断定している訳ではない。本件記述が、ブラック・ジャーナリストで「あった」ではなく、「ある」と現在形を使用したことは、不用意であって、読者をして、原告がなお現在もブラック・ジャーナリストであると理解させるおそれもあろう。一方において、記述全体を通常の理解力をもって読めば、読者は、原告をもって、当時そのような活動をしていた者であり、現在でもそのような活動をしているかどうかは必ずしも明らかではないと読み取れる可能性もあると思われるのである。

以上のとおり、本件記述の前記文脈の中での意味内容のほか、その表現方法や内容、筆者の意図や読者の受ける印象等諸般の事情を総合考慮すれば、一般読者の普通の注意と読み方を基準として「ブラック・ジャーナリスト」という表現が原告の社会的評価を低下させる内容のものであるということはできない。

したがって、被告が本件記述をしたことが、違法かつ有責な行為であるとする原告の主張は、その余の点について検討するまでもなく理由がない。

三  請求原因3(三)について

以上によると、本件記述は、原告を揶揄し、社会通念上許される限度を超える侮辱を与えた行為と認めることもできず、この点に関する原告の主張も、その余の点について判断を加えるまでもなく失当である。

四  結論

よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官河野清孝 裁判官菊池章)

別紙謝罪広告目録〈省略〉

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